彼女の命日

「今日はまた友人の命日だなあ。」
と思ったけれど、
30年も経つと本当にこの日だったか怪しいものです。
手帳に書き付けていたわけでもなく、
「バレンタインよりは前だった」ことしか確実ではありません。

 

 

昨年やはり
「もうすぐ命日だなあ」
と気づいた時は、すぐに墓参りに出かけました。
命日よりも前に行くのが良いですし。

県外の、初めて行く場所です。
ご家族が先に越されて、後からお墓を移転したという記憶があります。
私はそれから20年以上はお墓に行っていないはずです。

おうちに電話してお墓の場所を訪ねると、
「わかりにくい場所なんです。近くに着いたら、お電話くだされば説明します。」
と仰っていただきました。
友人のご両親はお耳が遠くなったので電話を代われないとのお話もありました。

「大丈夫です!調べますから!」
と大きな口を叩きつつお礼を申し上げて、電車に乗りました。
道中スマホで調べてみるけれど、お墓の名前で検索しても、場所がわからない。
なんでもネットに載っていると思ったら、大間違いでした。

私の思っている「お墓」は、入口に区画が書かれた大きな看板があって、管理事務所で質問できるところ。
よく考えれば、日本中のお墓がみんなそんなものと思っているなんて甘すぎます。

墓地名からあれこれ調べたところ、町の歴史を語ったサイトで
「過去に、あるエリアに墓地移転があった」
という記事に行き着きました。
地図を見ながら、
「あのへんあたりにもし墓地があれば、そこのなかにいるのではないかしら」
と考えました。

駅からタクシーに乗ってドライバーさんに聞いてみましたが、知らないそうです。
先ほど走る電車の車窓から
「あの高台?」
とあたりをつけた場所へ行ってもらい、墓地があるところで、
「えいやっ」
と降りました。

それっぽい。
でも見つからない。
やはりここではないのだろうか。

墓地内の小さな階段には枯れ葉が落ちて滑りそうです。
ここで倒れたら発見してもらえないよー。
戦々恐々です。

少しいった場所には他のお墓参りのご夫婦がいらっしゃいました。
「誰のお墓なんだろうねえ」
と話しているのが耳に入りました。
それは、長時間うろうろとお墓を探していた私のことでしょうf(^_^;。
墓参りグッズも持たず、一つ一つお墓を確かめながら通路を歩く謎のおばさんです。

1時間くらいして、はじめに通った場所へ戻ってよく見たら…。

あっ。あった!。

「きゃー!ひさしぶりーー!(*≧∇≦)ノ」

気分はもう高校生です。
移転前の洋式のお墓にあった特徴的なオブジェはなく、大きな和式のお墓になっていました。
確かに前にもあった、マグカップが置いてありました。

私が急に来たくなったきっかけは、片付けで修学旅行のときの写真を見たからでした。
夜の日本海で、制服で長い髪を揺らして笑う彼女の写真です。
数人で一緒に、楽しそうな写真もありました。
あのときの数十センチの距離に今彼女がいると実感しました。
きっといつもここにいるわけではないけれども、
でも明らかにここにいる。

その場所から見える景色を見て、しばらく一緒にいました。

 

 

以前、彼女が亡くなってしばらくした頃は、彼女のお墓の上をアリが歩くのを見て
「もう、このアリを払う必要はないのね」
と思ったものです。

今回思ったことは、
「もう、そちらではお偉くなってますよね( ゚Д゚)」
ということでした。
なぐさめ、とかは全く僭越で、私には手の届かない神々しい光に満ちた世界に彼女はいるんだろうなあ。

そもそも30年前にあちらに行ったときに
「よく来た、早く手伝っておくれ」
とか言われて、まずは秘書になってそうな気がします。
「早く逝く人はみんな優秀でいい人」と相場が決まっています。
乞われて導かれたのでしょう。

いやー、あたしなんかが友達でごめんねー。
誠にスイマメーン。
そして、友達でいてくれて本当にありがとう。
いまの私は、どう見えるの?

昔に私が物事を投げ出したときに、彼女が泣きそうな顔で無言でぷいっと怒って、その場から去ったことを思い出しました。

そういえば本当はここでチョコをつまみに冷たいハイボールを飲もうと思ってたんだけど準備するのを忘れていました。

 

 

奇跡のような記事のおかげで彼女のお墓を見つけたときは、
「嗚呼、インターネットって素晴らしい!」
と思いました。

そして、相変わらず自分はネットを過信していたなあと思いました。

しかし1年経って思うことは、

ほんとうに必要だったのは、
「やっぱり場所がわからなかったので、教えていただけますか?」
と、ご家族に再度電話をするコミュ力だということです。

「ネット、素晴らしい!」
「システム、素晴らしい!」

でも、実は普段からお互い助け合ったり、助けを求めたりできることのほうが大事なのに。
実は「共助」なんて全然程遠い自分の性格を自覚します。

 

一年経って、書けました。
また私たちを見ていてねー。