やっぱり話せないけど英会話をやってよかったと思うこと

かなり前に、近所のショッピングモールの一角に英会話教室が入りました。
教室の前の勧誘のテーブルにフラフラと吸い寄せられた私は、そのまま生徒さん第一号になって2年くらい通いました。

高額の授業料を払ったにも関わらず未だ挨拶さえもままならない私が、英会話をやって良かったと思うことを考えてみました。

 

1.外国の人から話しかけられることが嫌ではなくなった

慌てなくなったとは言えません。
英語が話せないことを気にするのではなく、お役に立てることがあればしたいと思えるのは、教室に通ったことが役にたっていると思います。

数少ない話しかけられたケースで印象深かったのは、以下の2つでした。

・ドンキの売り場で加工肉のパッケージの裏を見せられて「ビーフ?」「ポーク?」ときかれた

・家電量販店でドイツの人に「あなたは大人なのになぜバッグにぬいぐるみをつけているのか」ときかれた

加工肉の原料が何かは大変重要なことなので、間違いが無い様にしっかり(文ではなく単語で)伝えた記憶があります。

バッグにつけたキャラクターについて質問を受けたときは、自分なりに伝えてみたり、英語を言い直されたりの数分でした。

いずれも、ささやかな良い思い出です。

2.英会話の褒め方が身についた

後輩の仕事で、ちょっといいなと思うことには、すぐに「good job!」と言うようにしています。

いいか悪いか、変な人に見えるのか。
そのへんは人からどう見えているのかわかりませんが、その気持ちを出し惜しみしない一つのツールとして役に立っています。
たまに「Excellent!!」も出現します。

3.英会話教室にはいろんな人がいた

驚異的にしっかりした中学生女子、液晶を専門にしている大学院生、看護師さん、警察官の方…。

老若男女、いろいろな方がいて、いろいろな仕事があるのだと気づいた時でした。

4.「趣味は何ですか」「好きなことはなんですか」への答えは意外と難しい

英会話は英語を口にすることが目的ではなく、英語でコミュニケーションをとることが目的と気づいたのは、教室に入った後でした。
趣味をきかれてもすぐに答えられない、自分の空虚さを自覚しました。

以上が、「やっぱり話せないけど英会話をやってよかったと思ったこと」でした。

 

英会話の教材はなかなか捨てられなかったれど、今なら諦めもついて捨てられるようになりました。
もうかなり前の時点でも頭に入らなかったのです。
無理ですー。

 

とはいえ、いまこれを書いていて、また英語を話してみたいと感じています。
来る2020年にはオリンピックもあります。
今でさえ、東京では外国の方から道を聞かれるので、せめて英語での道の教え方くらいは覚えておこうか、などと意欲が湧いてきました。

しかし悲しいかな、私は東京の道について不案内なのでした。
英語に限らず、今からでも広く知識を広げていかねばと感じた今回のブログでした。