近年、意識してやめていることを列記してみました

思ったことをすぐ言ってしまう癖があります。子供の頃から自分と周りを隔てる膜が薄かったのです。
そういう私には、ここ15年ぐらいの間「これはやめよう」と気をつけていることがいくつかあります。
今日はそれをご紹介したいと思います。

 

■妄想しない
「あの人●●って言ったけど、きっとこう思っているのね、ヽ(`Д´)ノプンプン」
「あの人、きっと私のことを嫌いなのね(ノД`)シクシク」
誰もそんなことを言っていないのに自分の中だけで妄想して、その人への態度が悪くなって人間関係がうまくいかない、ということがあります。
「あの人きっと…」と思ってしまった瞬間、「いや、私の妄想だし」と気持ちを切り替えることにしています。

■卑下しない
職業訓練校のクラスで、30人のクラスメートから「いいところ3個と直したほうがいいところ1個」を書いた紙をもらう、というような時間があったように思います。
私は、卑下するところが良くないと多くの人から言われてそれを知りました。
自分が知らない自分を教えてもらえた、貴重な体験でした。

■褒められて謙遜しない
にっこり笑って「ありがとうございます」と言えるのが理想です。
せっかくいただいた褒め言葉を否定することがないよう気をつけたいです。

■車がいない交差点はあえて渡ってみる
近くに子供がいるときは、しっかり信号に従います。
私は生真面目なところがあり、イチかゼロかはっきりしているものが好きです。
布よりも紙が、長方形よりも正方形が好きです。
あるとき、「そういうのは子供のままだから」という話を聴きました。
大人であれば、絶対に車が通らず安全な横断歩道は赤でも渡る、そういうイチとゼロの間をうまく調整できるのが大人であるという話を聴き、ハッとしました。
そういうことだったのかー、ということで、それを意識するためにも、あえて信号を待ちたい自分の気持ちを抑えて渡ってみます。

コンプライアンス遵守が常識の時代であり、もちろん守らなければいけないことは守ります。
しかし、確かに大人は1円の落とし物を警察には届けるようなことはしないのです。

似ていることで「遅刻するかもしれない時間に家を出てみる(プライベートに限る)」というのもあります〜。

■クレームをいわない
人から指摘されたことです。
最近、気をつけるようにしています。

■イヤミをいわない
これも同様に最近気をつけています。

■親に言い過ぎない
老いた母に、つい強く指示や否定をしてしまいます。
それはある意味親密な関係だからできることですが、近すぎる甘えがあるのだろうと思います。
身内を見ていると、上京などで親と早くに離れた人は、親へは優しく接していました。
近しい関係ながらお互い大人として適切に接することで、親子関係がより良くなったと感じています。

■自分のミスが指摘されているときに人に注意をしない
ある意味、窮地にあるときです。私のミスを指摘した後輩に「そういえばあのときのあれっておかしいよね」と別件を持ち出して一言注意したくなります。
逆の立場で上から言われたことも数回あったので、人間の心理として自然な流れなのかなと感じています。
できるだけ自分はそれをしないようにと、「いまだ」という瞬間は「何も言っちゃダメ!」と気をつけています。

■「●●しない」といわない
「●●しない」というのではなく「●●する」に言い換えるのが望ましいのでした。
(例:「遅刻しない」ではなく「時間に間に合うようにする」という言葉に置き換える)
禁止事項を特に意識することになるから、否定形で表現するのはかえって良くない、と聞いています。
上に列記した内容はすべて「しない」で書いているあたり、「治ってないですね」というオチになりました。

 

そういえば先日ピアノの思い出について書いたときに思い出したことがあります。
最初の授業で先生が仰ったことです。

「おばさんの生徒さんの特徴は、できなかった理由を説明することなんです」

あれは、釘をさされたのかもしれません。
この言葉は、胸に刻んで長く意識していました。
しかし最近このことを忘れておりましたので、弁解三昧かもしれません。
あらためて心に刻み直しました。

 

以上、思いついたままに書いてみました。

気をつけているけれど、甘えが出るとストッパーは弱くなるなあとあらためて認識しました。
今更という年齢ではありますが、今後あらためて大人としてふさわしい振る舞いができるように、心がけて過ごしていきたいと思います。