キュレーター(新訳:情報を届ける人)についての考察

美術館の学芸員さんは「キュレーター」であるということを私が知ったのは、ITの世界で使われるようになった「新訳」キュレーターを認識した後です。
この単語を私が認識したのは、ツイッターでなんとなくフォローした佐々木俊尚さんのツイートを読んだときからです。時期的には東日本大震災よりは前だったと思います。
実際には大昔に細野不二彦さんの「ギャラリーフェイク」で知っていた言葉のはずですが、そこはすっかりと忘れておりました。

これを書くにあたり、佐々木さんの「キュレーションの時代」を読み始めました。
途中まで読んで、「いや、読まないで今の拙い自分の考えで書いてみよう」と思い、そのまま書くことにしました。

 

そもそも「新訳」のキュレーターの定義が何なのかが謎です。
デジタル大辞泉によると、元々の「キュレーター」の意味は以下のとおりです。

デジタル大辞泉の解説

キュレーター(curator)

《「キュレイター」とも》博物館・美術館などの、展覧会の企画・構成・運営などをつかさどる専門職。また、一般に、管理責任者。

キュレーターとは – コトバンク

ITにおける新しい意味としての「キュレーター」は、ざっと確認して明確な定義を見つけることができませんでした。

参考に以下のサイトをリンクさせていただきます。

情報過多の時代に求められる”キュレーター”とは

「キュレーター」という言葉が広辞苑に載っているかスマートフォンから確認できないかと思ったら、有料検索は3大キャリアでしか使えませんでした。
こんなところにも格安SIMのデメリットが…( ノД`)シクシク…。

個人的には、今の世の中私を含めて「猫も杓子もキュレーター」なんじゃないかしら、と思っています。
自分のフィルターで物事を整理して発信する、という定義であれば、ブログやSNSはキュレーションであり、誰でもできます。
内容が日記であっても、自分が選んだ行動の記録なので、その人のフィルターを通した情報発信です。

昔であれば、本を出すくらいしか発信の方法は思いつきません。
今はその本の自費出版さえも、多くの選択肢の中から容易に製作できるのです。
すごい世の中になりました。

 

さて、その多くの猫と杓子の中の、真の模範キュレーターとはどんな人なのでしょうか。

私は、家から出ないでネットで情報を集めてツギハギして書くことに罪悪感があります。
自分がネットで調べものをするとき検索にヒットする酷いサイトに辟易しており、自分がそれと変わらないのではと危惧してしまうのです。

しかし今これを書いていて、外に出る出ないは問題ではない気もしてきました。
もともとの「キュレーター」の定義の中にある「専門」というキーワードが重要なのではと思いました。

その専門性を自分が出せるかと考えると、ブンブン首を振りたくなります。
でも、多くのネットユーザーの中には私と同じ感性、教養レベルの人もいます。
そう思うと、専門性は個性に置き換えられるかもしれません。

また、なんのために書くのかということが気になりました。
主にネットの世界でキュレーターとして仕事をしている人がいる以上、お金のために書くことは悪いことではありません。
一方で、開いたときに釣られたように感じる広告目当ての粗悪サイトを、良しとしたくはありません。

粗悪サイト製造者と猫と杓子と優良キュレーターの違いが何なのか、今の私には判断がつきません。

「読んだ人が読んで良かったなあ」と思う情報を届けられる人、なのかなあ、とぼんやりと思っています。

 

ところで私は、これを書きながら何度も思い出すことがあります。
尊敬する漫画家の萩尾望都さんが、マンガ家志望者の「描きたいことを描いている人がいるんです」という質問に対して「それならあなたが描く必要はありません」と回答している一節です。
出典は小学生のときに読んだ「マンガABC」ではないかと思うのですが、ソースを確認できていないので誤っていたら申し訳ありません。

名言だなあと、ずっと思っていました。
しかし最近自分に置き換えて、「書きたいんだから、人が既に書いていても自分なりに書いてもいいんじゃない?」と思うようになりました。

優良キュレーターでなくても、書きたいから書く、は私はアリだと思います。

 

私がこのブログを始めて、実質は数ヶ月でしか経っていません。
今の私の目標は続けることであり、得たいことは「続けた先々で何を感じるのか知りたい」ということです。
SNSの盛衰のサイクルが早い中で、ブログという形式がいつまであるのかもわかりません。
それでも、誰でもが自分の文書を誰かに読んでもらえる今の環境に感謝しつつ、続けてみます。

この「キュレーター(新訳:情報を届ける人)についての考察」というテーマは、今の私には難しく、このブログは浅い内容でアップすることになります(いつも浅いですが(^_^;))。
私が1年後もこのブログを続けていたとしたら、またあらためてこのテーマで書いて、再掲したいと思います。