【なんてったって物欲3(文房具編)】おかあさんといっしょ(その5)

こんにちわ。
物欲爆発中のmorningstarです。
今回は、母の見舞いに伴いハンズで購入した文房具がテーマです。
紙モノ2種類をご紹介します。

 

 

◼️スケッチブック
母の昔話を書き留めるのに、大きめのスケッチブックを用意しました。
スケッチブックは100円ショップでも売っているのですが、好きな色だとテンションが上がるので東急ハンズで購入です。

画板が一緒になっているような、ハードカバータイプです。 商品名、型番などは
「マルマン スケッチブック アートスパイラル F6 厚口画用紙 24枚 ピンク S316-08」
で、大きさは、407mm ×横 320mmと大判なのです。

「別にノートでいいじゃないの」
とも思ったのですが、途中よく家系図を書きたくなるので大きい方が便利です。
マッキーの細いのの太いペン先で書いています。
かさかさとペンが紙に引っ掛かります。
まっ、いいか。

マッキーに詰め替え式があるとは知りませんでした。逆に詰め替え以外を探しても見つけられなかったので、これを選びました。
病室で母と話をする状況では使える机はないので、ベッドの柵にスケッチブックを載せて、ラク×2で書けます。
裏写りしているので、書いた紙の裏は使いません。
いや多分裏写りしてなくても使わないかな。

書きなぐったメモは、ときどき従姉妹がスマホで撮っていきます。
帰るときは、紐で結んでそこにマッキーをひっかけて袋に入れて、ロッカーの中に仕舞います。
いつかこのスケッチブックを書き尽くしてしまったら、次はブルーのカバーを選ぶ予定です。

◼️ノート
長年母を放置していたことを気に病んでいた私が一番驚いたのは、母が意外と旅行をしていたことでした。
写真が多く残っているのは、65才から72才くらいまででした。
「国内旅行」は、私も関心があるカテゴリーです。
話のネタ用に、旅行の写真に記載されている年月日から年表を作ったらいいのではと思いました。
ノートの見開き2ページを一年分にしたら、簡単に情報を追加できそうです。

そんなわけでA5で100枚のシートを有するノートを探しにいったら、ちょうど「LIFE」という表紙のノートが目に入ったので即決です。
無地と罫入があったので、罫入から好きな色を選択しました。
母が100才を越えたらページが足りなくなるので、次はピンクで買おうかな( ´∀`)。
メーカー名を確認したら「ライフ株式会社」さんでした。

100枚なので、背表紙はちょっと厚いです。

しつこいようですが、きっと100円でも…(むにゃむにゃむにゃ)。
いいの、テンションが上がる方が!。

ノートを開いて左ページの左上に「S●● 19●●」と元号と西暦を母の誕生年から次々に書き入れていきました。
その後、その年の母の年齢と私の年齢を追加しました。
見開きの右側に、何月に何があったかを書きます。
罫は23行分だったので、下の余白まで利用して1ヶ月2行くらいとして使います。
旅行だけでなく、母のことを中心に、私や亡父のことも書くことにしました。

左の空白には、世界や日本でその年にあったことをメモします。
wikipediaを参考に、年毎に
「太平洋戦争」
とか
「全国万国博覧会(大阪万博)」
とかの文字を書きました。

全般にこのノートの作成では、文字を綺麗に書こうとしないことにしました。
(飽きて嫌になってしまいそうだから)
ただし、書くときは他の白い紙を挟んで下敷きにして、下のページにインクが移らないように気を付けました。

「やるぞ」と決めた昨日は母の家に泊まることができたので、集中して作業ができました。

書き込むにあたり元にする資料は、主に写真です。
日付があるものはできるだけメモをします。
地域のラジオ体操仲間さんたちは、一年に1回か2回集合写真を撮ることになっているようです。秋頃の日付の写真が何枚もでてきました。

写真右下の赤い日付は見にくかったり消えていたり。
母が撮ったスナップ写真は、カメラの日付設定が元に戻ったままで撮ったものも多数ありそうです。
1/1に浅草に行ってる?とよく見たら、みんな半袖だし。
メモだから、いいのー。
気にしない気にしない(と自分に言い聞かせます)。

失敗したのは、西暦の日時を平成のページに書いたことでした。
例えば、’01を平成1年に書いてしまったというミスです。
父が亡くなった年の直後に母が旅行に行ったことになっている頁を見て、「ありゃりゃ」と気がつきました。

写真以外のソースとしては、捨てなかった父の手書きの履歴書(縦書き、筆字!)や、廃棄する前にすべて写真に撮った「賞状」の情報が役に立ちました。
「勤続●年表彰」と書いてあれば、だいたいの入社時期がわかります。
履歴書によると、父は若い頃に熊本市の九品寺に数年住んでいたようです。
いつかその住所を訪ねてみたいと思いました。

…道理で!。
父が高い服しか買わない洒落モノだったのは、熊本市に居たときからの名残なのかなと思いました。

 

 

ところで、母は
「行ってないのは沖縄くらい」
と言います。
沖縄にいけなかった理由は昨日聴いたはずなのですが、私は三歩歩いたら忘れてしまいました(泣)。

それも一つ一つ検証してみようと思ったので、今朝私は出がけにノートの巻末に47都道府県を書いて出てきました。
一つずつ潰していきたいと思います。

母本人は以前に
「この病気でなければよかったのに」
と嘆いていましたが、ポックリ逝ったらこういうコミュニケーションもなかったわけです。
病気でないに越したことはありませんが、最終的には母と私の双方ともが、
「ポックリでなくてよかったね」
という結論になるように、やっていけたらいいなと思っています。

 

 

今からこのノートを持って、また母を見舞ってきます。
昨日やや長い時間を過ごしたときに感じたのは
「私の気力はそんなに長時間は持たない」
ということでした。
ただ話をするだけでも生あくびと「眠い」の言葉を連発していた私は、自宅で介護をされている方に対する尊敬と畏敬の念が脳裏に浮かびました。

そして、ひとそれぞれに状況が違うという「介護」について、その時々で双方に最善の状況でいたいと思いました。

私は気を使うのが苦手なので、ツールを使ったりお金を使ったり。ついでに消せない物欲も満足させちゃったらどうかと思っています。

これは物欲というよりは食欲ですが、今日はためしにお昼にビールを一杯ひっかけてみました。
しかしこれで成功体験を得るとアルコール摂取を正当化してヤバイことになりそうなので、今後はやめることにします。
(結局一層眠くてテンションが下がったのでダメでした(泣))

物欲もいいけど、母より長く生きなければという生存欲も出てきました。
いろいろと生活にハリが出てきた昨今です~(*´▽`*)。