【久々の面会からの占い鑑定】おかあさんといっしょ(その12)

こんにちわ。
先日、母の面会に行って久しぶりに長く話してきました。
今日はその日のことを書きたいと思います。

 

 

洗濯物を入れ換えなければいけないので、ここ最近は最低でも一週間に一回は顔を出しています。
しかし常に本人が忙しそうだったので、ここ数回は挨拶だけしたら
「じゃあね」
とすぐに帰っていました。
なんだろう、子供の幼稚園を見学する母親の気分でした。

この日はいつもとコースを変えて、母の家で用事を済ませてかなり遅めに出て、自分の昼食も済ませてから病院に行きました。
その巡り合わせがよかったようで、ゆっくり母と話すことができました。

結論からいえば、母は私が想定していた以上に調子がいいのです。

えっ。
やっぱり家に、帰れるんじゃない?

そして期待をかけまくり、本人にプレッシャーをかけまくって病院を後にしました。

 

 

さてこの日の残った時間をどう使おうかと考え、たまに通りがかりに受けてみる占いにわざわざ行ってみました。
今年は珍しく多くて、2回目です。
でもいつもは買い物のついでに見かけて寄っていたので、わざわざ占いのためだけに出かけたのは初めてでした。

ここでは毎回担当者は変わりますが、同じようなことを言ってくれるのがよいのです。
3組が鑑定中で、終わるのを待たなければいけないほどの盛況ぶりに少し驚きました。

私はここ数年、
「物事を投げ出したくなったときに止めてもらうために」
その椅子に座りました。

「あなた、今は天中殺だから●年●月●日までは新しいことはしないほうがいいのよ」
「そうですよねっ(泣)」
みたいな感じです。
毎回、言われる結果をわかっていて、自分に言い聞かせるために占いに行っていたわけです。

占いは、行くからには嫌いじゃないけど信じたくない、そんなビミョーなつきあい方をしています。
嫌いじゃないというか、多分好き。
きっと好き。
でもそれ悔しい。

そして今回は、母の天中殺の年と、毎年同じであるらしい天中殺の月を知りたかったのでした。
新しいことを始めない方がいいのは2000何年なのか、そして毎年何月と何月なのか。

前回占いを受けた帰りに興味を持って本を買ったので、それくらいは自力で調べることはできそうでした。
でも、人の話を聞きたいので足を運びました。
母が家に帰るのは新しいことではないので、もし今が天中殺でも家に戻る判断をやめることはありません。
逆に天中殺なら、施設に行くという判断をやめようと思うでしょう。
自分の都合のいいようにもらった言葉を解釈して、背中を押してもらうために鑑定に来たわけです。

母の生年月日を伝えただけで出てきた
「母の人生」
は、残念ながらよく当たっていました。
まあこの年の人は戦争を経験しているので
「若い頃は苦労したはずです」
というのはほとんど当たるはずですよね。

そして一切の状況を伝えず話を一式聞いたところ、ほとんど私がしたいことを後押しする内容でした。

「そうですよね!」
「ですよね!」

占いの最後に、
「では今のお母さんの気持ちを聞いてみましょう」
と、大振りの見慣れないカードが出てきました。

「カードに左手を当ててお母さんを呼んでください」
と言われました。
ここでカードが出てきたのは初めてです。

ええー、そういうの信じないんですけどー。

とはいえ、素直に母の顔を思い出しながら言われたとおりにしました。

そこで担当者さんが何枚かカードを置いて一枚を表に返して言われたのが、

「お母さん、ちょっとやり過ぎてますね」

は?
このタイミングで?
そんなの出てくる?

ついに私は、
「今リハビリしてるんですよねー」
と、白状してしまいました。

「あー、それは骨折するといけないから、頑張りすぎないようにしないとね」

そしてその言葉はまさに、今の病院に入院するときに担当の先生から母がもらった最重要なアドバイスだったのでした。

本日の占い担当の方からは
「やれっていわなくていいの、この人には」
「ほっといても頑張っちゃうから」
と、プレッシャーをかけすぎないようにとアドバイスをもらいました。

そして私は焦り、そのまま母の病院に引き返して、本人に手短に
「頑張りすぎないように」
と言い残して帰りました。

なんかまた私、突っ走っていたわ。
偶然にいい出会いで改心のきっかけをもらってよかったわー(次に行ってもまた違う人だけど)。

そんな一日でした。

 

 

さて、これを書いている今日、午後母のところに寄るので、このときの占いの詳細を話してみようと思います。

母は占いを信じる人です。
以前に主不在の母の部屋を片付けていたら大昔に受けた占い結果の紙が出てきて、
「●●歳までは幸せ」
と今年の母の年齢が書いてあったことに驚いたものです。

占いを早くに受けることで暗示がかかり、知らず知らず人生が影響を受けることもあるでしょう。
血液型占いはいい例で、私は
「A型だから」
とそっちに寄っていったような気もします。

ただ、今回の占いでは、
「なんで当たるかなあ」
という驚きに尽きました。

伝えた母の生年月日をノートに書いて開口一番、占い師さんは
「この人は強い」
と言いました。
納得の鑑定でした。

でも逆に、
「この人は弱い」
と言われたら、私はどう受け止めただろうか。
「そうかー、本当は弱いのかー」
「たしかにー」
と思ったかもしれません。

「なんで当てるかなあ?」
に対しての自問自答の私の答えは、
「人間は複雑だから、何を言われても当てはまるからかなあ。」
というところでしょうか。

この年齢の客が母親の運勢を聞きに来れば、大概は似たような状況なのかもしれません。
そのパターンが整理されていれば、
カードの結果の伝え方として
「やり過ぎてますね」
という言葉は心に響くチョイスなのかもしれません。

もし占いが根拠のないものなら、占い師さんはCS(顧客満足)スキルを強力に発揮する人なのだろうと今回感じました。
お客さんを観察して一つ一つの反応を見て、最適な言葉を提供できるわけです。

とはいえ、今回の母の占いの
「そんなところ、当たっちゃう?」
ということのひとつが
「この人は母親との縁は薄いです」
というところでした。
思い当たるところがあったので、
「はあ」
と口をパカッと開けたものです。

あとから、
「じゃあ、この一日に生まれた人はみんな母親との縁が薄いのか」
とも思いましたが、それが星のもとに生まれるということなのかもしれません。

うーん、まとまらない。

まあ占いという歴史のある文化を私がマルかバツかはっきりさせなくてもいいか、というのが今日の結論です。
私は、今後も占いとは、
「つかずつかずつかず離れず」
くらいにたまに付き合っていくと思います。

 

 

さて、先ほどまた母と話してきました。
占いについては、
「そんなことしたってダメよ」
と否定的でした。
自分は好きなくせに。ぷんぷん(`ε´ )。

そして今後の方向について私からは、
「なるようになるから、頑張りすぎなくていい」
「家に帰りましょうや」
という希望を伝えました。

また今日も1時間くらいは話していたでしょうか。
母に対して一番説得力があったのは、
「家にいるのが一番お金がかからない」
ということでした。

とはいえ専門家の判断はこれからです。
これから、どうなるのか。
新しい冬が、始まりますー。