「オレンジの河」からの「パプリカ」と「犬の十戒」

こんにちわ。
前回のブログで少し触れた、今井美樹さんの
「オレンジの河」
という曲を、私はここ2~3日口ずさんでいます。
それは、飼っていた犬が先日いってしまったからでした。

 

 

空気を読んだように、ギリギリのタイミングでいってしまいました。
ウチの「やつら」は賢くなかったけれど、空気を読んでいるなあと思うことがありました。
過去に多頭飼いの一匹が死んでも、ヤツらには状況が把握できていないようでした。
お供えした食パンめがけて仲間の屍を乗り越えていこうとする子たちでした。
でも、人間のことはよく見ているのです。
「人と人との間の空気がいま凍ってる」
とか、犬たちはピシピシと感じているように見えました。

最後の一匹が往ったので、いろいろなことを気にしなくてよくなりました。
夜中にトイレにいくときに、トラップのようなうんちを踏むこともオシッコが跳ねることも、もうありません。
冷蔵庫を開けても、スーパーの袋をガサガサさせても、誰も飛んでこないのです。

そこで、「オレンジの河」です。
前には歌詞を全部読んでも気に留めなかったあるフレーズが、口に出るようになりました。

これからは 髪のかたち
気にせずに 自由でいいの

歌いなから、
自由というのは寂しいものだなあ
と感じます。
そしてこの歌のように「失恋する」ということは会いたい人に会えなくなるのだから、
「そりゃ辛いよな」
とも感じたのでした。

 

ウチの子は、みんな同じ動物霊園の火葬場で送りました。
田舎なので、回りは林だったり畑だったり、自然がいっぱいです。
あの子たちが何年かおきに煙になって、その一部が降り積んで、樹木になって、それがそこにあるという中で最後の子を送りました。
その日の風向きで、煙は初め太平洋に向かい、そのうち真上に上がり、やがて南へ煙が流れていきました。

今回の子を送るときは、ときとき「パプリカ」を歌いました。
パプリカを聴いたら、しばらくはウチの子を思い出すことと思います。

 

 

「犬の十戒」という有名な文章があります。
いま読み直すのは辛いので正確にわかっているわけではありませんが、私は、全然ダメだったです。守れませんでした。
それでも、確かに一緒にいたお互い幸せな時間がありました。
十戒が守れないから飼わない、のではなく、それぞれができるだけのことをすればいいのではないかと思っています。
愛を求めている犬たちに、多くの機会があるといいなあ。

今回、家からの出棺ではAmazonの箱に花を入れて、
「こうして送られて幸せだよね?」
と一瞬思ったけれど、
「いや、違う」
と頭を振りました。
どんな形で亡くなっても、一緒の時間が長くても短くても、愛された時間があるワンちゃんは、みんな幸せなはずです。
犬たちは、あんなに人間が好きなのですから。

法医学者の上野正彦さんが、亡くなった愛犬の亡骸に
「きっと可愛がってくれるから私の親を訪ねなさい」
と話しかけてそのような非科学的なことを思ったことに自分も驚いた、というような話を聞いたことがあります(正確じゃなくてすみません)。

専門家自らがその立場に立って気づくことがあるということを、私は興味深く感じます。
以前にご紹介した、長谷川先生しかり。

 

 

人それぞれ、向こう岸に渡った縁ある人たちがいます。
残念ながら新たに渡る人や愛する者を、先に渡った自分の縁ある人たちに託すことで、悲しみの一部は安堵に変わります。
私の脳裏にうかぶ、虹の加工がされた記念写真に映る私のご縁の方々とウチの子たちは、満面の笑みで幸せでいるのです。
なので安心して、余分に悲しむことなく、生きることを優先にしていきたいと思います。

心配をかけるような内容で恐縮ですが、ペットロスは無いので私は元気です。
彼女が一番お世話になった動物病院に彼女の代理でお礼を届け、少し泣いて、スッキリしました。

新たなステージに向けて、
「おかーさん頑張るね」
と言葉にしてみた今日でした(*≧∇≦)ノ。