「輪中」について調べてみました(その1)

恥ずかしながら、「輪中」とはどう読むのか、読み方さえ私は知りませんでした。
「わじゅう」と読みます。
「輪中」とは、水害を防ぐために周囲を堤防で囲んだ、川の中州にある集落地帯やそのコミュニティのことを言います。
今回はその「輪中」について調べてみました。

 

輪中を写真入りの記事で理解していただくとすれば、私が好きなこの記事がおすすめです。よかったら読んでくださいね。

教科書でみたあの『輪中』へ行く :: デイリーポータルZ

実際に現地に行って、感じたことの記録が軽妙な文章で綴られています。
筆者の方の境界愛も、素敵です♪。

そうか、「輪中」って、教科書に載っていたのか…。
小学生の時から社会科が好きではなかったことを思い出し、ちょっと悲しい気持ちです。

 

中州に住むという輪中の歴史は鎌倉時代くらいから資料が確認されており、歴史は古くありません。太古の昔には、輪中はありませんでした。

「輪中」をウィキペディアで見ると、日本の輪中として複数の地域が載っています。
中でも「岐阜県南部と三重県北部、愛知西部の木曽川、長良川、揖斐川とその支流域扇状地末端部から河口部に存在したものが有名」です。

木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)が伊勢湾に流れ込む濃尾平野は川や海よりも土地が低いため、昔から長雨で暴れ川になると大きな被害があったそうです。

江戸時代の幕命による薩摩藩の「宝暦治水事業」、明治時代の「木曽三川分流工事」によって、水害による被害が大きく減ることになりました。

 

今回のタイトルに(その1)といれたのは、深くて書ききれないのと全然調べられていないからです。
今回「輪中」についてネットサーフィンをして、驚いたり気になったことがいっぱいありました。
いつか、いろいろなことを(その2)以降でご紹介したいです。

・みなもと太郎先生の「風雲児たち」で泣きながら読んだ薩摩藩の「宝暦治水事業」の場所も輪中でした(輪中についての説明まで詳細に記載があったのに、気づかないとは私はいったい何を読んでいたのでしょうか(@_@))

・岐阜県の昔の輪中の地図を見ると、網目のように小さな輪中がいっぱいあってびっくりします。どういう工事をして今の一つになった地域があるのかが一番気になります。

・昨年くまモンイルミネーションをやっていて憧れていたナガシマリゾートの「なばなの里」がある場所が輪中でした。それも木曽三川すべてに囲まれているのです。いよいよ行きたいです(残念ながら今はくまモンイルミネーションはやっていません)。
近くには「輪中の郷」もあるのです!

 

岐阜県は、大きく美濃地域、飛騨地域に分けられます。
輪中がある美濃の方の気質を表現するときに、「輪中根性」という言葉があるそうです。同じコミュニティの結束は固くても外のコミュニティは眼中にないという意味だとか。島国日本の縮図かもしれません。
揶揄する言葉でもある一方で、今、防災やリスク管理で「輪中意識は必要」との主旨の記事をいくつも見かけます。
運命共同体のグループ内で助け合って、自分たちの命を守るということ。
自分の命は自分で守る、東北の「津波てんでんこ」を思い出しました。大事なことだと思います。

 

2018年、平成最後の年は、日本中が多くの災害に見舞われた年でした。どこもが被災地で、せつない毎日でした。
それでも私たちは、この場所で暮らしていきます。
より安全な環境を築く一方で危機感も忘れず、自分自身も備えていかなければと思いました。

輪中についてはまだまだ調べも理解も足りないので、今後もアンテナを張ってより深く知りたいと思っております。また(その2)でご紹介させてください〜\(^o^)/。