【檸檬とレモン哀歌】おかあさんといっしょ(その72)

こんにちわ。
最近のウチの冷蔵庫には、大きなレモンがゴロゴロしています。
広島の自然農法の規格外レモンをお取り寄せしたもので、腐らせていないか目を光らせながら1ヶ月近く毎日のように贅沢に楽しんでいます。

以前に母にレモンがあると話したところ、
「ウチにもレモンを搾るのがあったはず」
といいます。
後日食器棚を開けたら、変色はしたものの立派な搾り器が端にちんまりとありました。

そのうち一個持っていくかと常々考えていたところ、やっと昨日出がけに忘れずレモンを掴んで家を出ました。

 

 

母と2人でパンの朝食後、私はカットしてあったメロンに半個分のレモン汁をかけることを思い立ちました。

陽水の曲に、あったのです。

俺のあの娘はメロンにレモンをかけてる
泣けば瞳の奥からルビーが飛び散る
陽気な面もあって
あの娘の話はトマト言葉です

井上陽水 Yellow Night から

予想通りに、普通に美味しくなりました。
母は「メロンは今はいらない」というので一人で食べました。
残ったレモンとメロンの汁は紅茶に流し込んで、これまた贅沢!。

そして残った半個のレモンを搾って、
「どうしようか」
と、冷蔵庫を眺めました。
乳酸菌飲料の「R-1」と、なぜか入っていた期限切れの炭酸水を出して、レモン汁と混ぜたらこれが美味しい。
ちょっと凝固したようにトロっとしていたように思います。

コワゴワと母に少し分けたら、お腹の底から出したような声で

「美味しいっ!」

と言いました。

母は、強烈な酸味は久しぶりだったようで、嬉しそうでした。

高齢者には酸味のあるものはむせやすいのでむかないのですが、うまい具合に混ざってとろみがついてよかったかもしれません。

ヨカッタヨカッタ。

 

 

梶井基次郎の「檸檬」とか
高村光太郎の「智恵子抄」の「レモン哀歌」とか。
母が美味しいと言った状況は、私にはそういう瞬間でした。

いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。

(中略)

以前にはあんなに私をひきつけた画本がどうしたことだろう。一枚一枚に眼を晒し終わって後、さてあまりに尋常な周囲を見廻すときのあの変にそぐわない気持を、私は以前には好んで味わっていたものであった。……
「あ、そうだそうだ」その時私は袂の中の檸檬を憶い出した。本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら。「そうだ」
 私にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。私は手当たり次第に積みあげ、また慌しく潰し、また慌しく築きあげた。新しく引き抜いてつけ加えたり、取り去ったりした。奇怪な幻想的な城が、そのたびに赤くなったり青くなったりした。
 やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据えつけた。そしてそれは上出来だった。
 見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。私は埃っぽい丸善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを眺めていた。

梶井基次郎 檸檬 から引用

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう

高村光太郎 智恵子抄 レモン哀歌

 

 

物事は、よくなったり悪くなったり。
始まったり、終わったり。
治ったり、治らなかったり。
そんな中で見つける小さなことが、幸せかしらと感じます。

そして、レモンはあちこちでポジティブに爪痕を残していて、凄い。

イチゴもブドウもスイカもバナナもすごいけど、レモンはかなり凄い。

そんなことを思った、とある1日でした。