【タクシーに乗ってやる病】おかあさんといっしょ(その65)

こんにちわ。
母のところに行ったときに、
「タクシーに乗ってやる症状」
がここ2回ほど出たので、今日はその話です。
なお誤解されそうなので先に弁解しておくと、
「タクシーに乗ってやる」
というのはタクシー業界さんに上から物申している訳ではなく、
「えーい、家出してやるー!」
みたいな感じの「やる」です。

 

 

母が倒れて1年。
時折、
「自分専用の車があったらいいのに」
と思うわけです。
そりゃあ、あったらいいのは当たり前だけどそう簡単にはいかないのさ。
家には1台あるんだから、私が持つのは無駄なのよ。

若い頃は自分専用の車を持っていたのですが、あるとき手放すことにしました。
そのときに不安を抑えるために唱えた言葉がありました。

「車に乗りたくなったらタクシーに乗ればいいのよ」
「そのほうが、ずっと安いんだから」

そして自由に車で動けない代わりに、車を停めるところを気にせずどこにでも行ける自由きままな時間を手にいれました。

それから随分経って今、直通の交通機関がない母の家との行き来に、
「くそー、今こそタクシーに乗ってやるー!」
と思うことがあるわけです。

実はちょっとした坂を上り降りして歩けば30分で歩けるんですけどね。

前回の「乗ってやる症状」は、雨の日で、傘がありませんでした。
バスを待つ間にタクシーさんは通らず。
バスの中継地点は上りでも下りでもどちらでもいいので、どちらのバスに乗ろうか迷います。
もう少し雨が強くなったら、屋根がある向かいの上りバスに乗ろう。
でも町中に出る格好ではないのであった。
ダメだ。
などと逡巡しました。

そのうち下りバスがやってきたので、私はそれに乗りました。

バスに乗ってしまった。
でも乗ってやる。タクシーに乗ってやる。
もうこれは、物欲のようなタクシー欲。
かくなる上は、タクシーに乗るのが自然というような買い物をしてやる。
そうだ、もうなんでもいいからプロジェクタを買うぞ!。

中継地点の電気屋さんには、プロジェクタは置いてませんでした。
そして店を出ると、晴れ。
私は、バスに乗って家に帰りました。

そして今日も
「タクシーに乗ってやるーー!」
状態です。ああ、そういえば今日も雨。
でもタクシーは通らない。
中継地点のスーパーで買い物をして帰ろう。

あ、密だ。

手ぶらで、バスに乗って帰りました。

 

 

ずいぶんと昔に母が、一度だけ
「車の免許をとっておけばよかった」
と行ったことがあります。
それは入院中の父が週に何度も別の病院に通院する際に、付き添いが必要な頃でした。
母が若い頃はまだ女性が免許をとるケースは少なかったと想像しますが、祖父が早くから車の仕事をしていたので考えたこともあった様子です。
免許、車、欲しいよねえ。

もうひとつ、前にも書きましたが「逃げ恥」の百合ちゃんが言った名言があります。
以下は自分のブログからの引用です。

百合ちゃんがゆくゆく付き合うことになる「若造」の「風見さん」との車内での会話です。
百合ちゃんが運転する行楽からの帰路の車内で、みんな寝ている中で唯一起きている風見さんが
「車は必要だと思わない」みたいなことを言います。
すると、

でもね
あなたが思ってる
もうちょっと先まで
行けるのよ

と、運転席の百合ちゃんは横顔で言うのです。

ドラマの石田ゆり子さんは
「ずーっと先まで行けるのよ」
と言ったようですが、私はこのマンガ版の「もうちょっと先」
が好きでした。

「もうちょっと先」って、何だろう。
私は、それは場所ではなくて「発見」とか「遭遇」とか目的地ではない何かではないかと感じました。

まあ、発見とか遭遇とかカッコいいことじゃなくても、車がないときに
「とても必要なものなのに150円の物を買いに行くのにタクシーで行くことは精神的に難しい」
というジレンマはあります。
そして出掛けたいときにタクシーが呼べるとは限らない。

あとは車椅子を乗せてもらわなければいけない通院を思い出してひらめいたのは、
「ドライバーさんのお人柄という変数が、通院付き添い時に私を臆病にさせるのだ」
ということでした。
私のメンタルが豆腐だから駄目なわけで、相変わらず人のせいにしております。
今からこれじゃ、これからどうするんだ。

まあ、そんなこんなで時々
「車が欲しい病」
にもなります。

 

 

また、
「タクシーに乗ってやる症状」
は出ると思います。

乗ったら乗ったで自分を許してあげよう。

やっぱりメンタルとか脳ミソとかがオトウフでゆるゆるな私でした。