【笠間日動美術館編】笠間に行ってきました(その6)

こんにちわ。
茨城・笠間旅行記は、今回は「笠間日動美術館編」です。

くまモンファンの私にとって大事な場所の「銀座熊本館」は、「日動画廊」の隣にあります。
通称「銀熊」へ行くときは毎回通る場所なので馴染みがあり、この笠間の「日動美術館」は身近に感じる名前です。
その日動画廊の創業者による美術館で約1時間滞在したことを、今回はご紹介いたします〜m(_ _)m。

 

 

 

今回、笠間の観光の中で「笠間日動美術館」を選んだ決め手は、周遊バスの停留所にあったポスターでした。

ARTとEAT 食にまつわる美術のはなし

(ポスターは撮り忘れたので、チラシの写真を貼りました)

食がテーマであることに惹かれて、
「行くかあ〜!」
と方針を決めました。

私は鬼平犯科帳の食だとか、マンガの中の食だとか、最近はそんなことばかり書いております。
今度は美術の中の「食」を見ようと思いました。

バスは、パンフレットの時刻表では、笠間駅から以下の時刻表で回ったはずです(2019年2月、金曜の平日でした)。

笠間駅 11:15
春風萬里荘 11:20
やきもの通り 11:25
笠間手越 11:31
北山公園入口 11:34
友部駅北口 11:37着 11:50発
北山公園入口 11:53
笠間手越 11:56
ギャラリーロード 11:59
陶芸美術館工芸の丘 12:00
日動美術館 12:05
稲荷神社 12:07 【ここで降りて昼食♪】
笠間SC 12:09 【以降参考まで】
市民体育館 12:12
笠間駅 12:15
春風萬里荘 12:20
やきもの通り 12:25
ギャラリーロード 12:26
陶芸美術館工芸の丘 12:30【バスはここまで】

詳しくは、こちらを参考にされてください。
かさま周遊バス : 笠間市観光協会

 

私は稲荷神社で降りて食事をとりましたので、バスの運行経路を少し戻った形になりました。
【笠間稲荷神社編】笠間に行ってきました(その3) | Andastar

途中寄り道をして、
【かさま歴史交流館 井筒屋】笠間に行ってきました(その4) | Andastar
【大石邸跡】笠間に行ってきました(その5) | Andastar

着きました!

そして取っ手に驚愕。
アーティスティック♪。

この取っ手は、他の扉でも共通していました。

入ってすぐの彫刻がまた素敵です。
少女に担がれる小ヤギの幸せそうな顔に溶けました。

白石恵理《Pulsation》2010年

入場券を購入します。ふらっと来た大人一名は1000円です。

初めてなので館内案内図をいただき、併せて館内の移動についてのご説明も聞くことができました。

その後歩いてわかりましたが、思っていたよりも広かったです。

以下は、笠間日動美術館公式サイトからの引用です。

なだらかな丘陵地に位置する当館は、敷地内に3つの展示館を持ち、中心部には緑豊かな野外彫刻庭園が広がっています。

企画展示館1・2階は展示室。3階にはオープンテラスの「Cafe de l’aube (カフェ・ド・ローヴ)」があります。竹林を抜け野外彫刻庭園を鑑賞しながら、名画が集うフランス館へ(徒歩3~4分)。パレット館、フランス館から企画展示館へはゆるやかな上りとなります(徒歩4~5分)。

館内のご案内 | 笠間日動美術館

企画展示室に入る前にうかがうと、写真撮影については、撮影禁止のマークが書いてあるもの以外はオッケーでした。
また、「鴨居玲の部屋」は全て撮影不可と伺いました。

企画展示室の一階では、食にまつわる具象絵画と常設の「鴨居玲の部屋」がありました。

ふらふらと引き寄せられたポスターの2枚の絵画はこれでした。

高橋由一《鯛図》

金山平三《あま鯛》1945-56年頃

撮影可能な絵の中でスマホを向けるかどうか考えながら、
「私は、魚の絵が好きかもしれない」
と思いました。

ほかに、これが好きでした!

斉藤将《ぷりんや》2018年

笠井誠一《枇杷》2012年

「鴨居玲」さんは、ここで初めて知った画家さんです。1985年、自殺で亡くなっています。生前も、何度も自殺未遂を繰り返したそうです。
どうにも格好良いご本人の写真を見ると、この人ならその美学を貫くためにはそんなこともあっただろうと頷けます。
私は、2枚ほど見かけた教会の絵が好きでした。

鴨居玲の部屋にはなぜか、佐藤玄々作の「まごころ像」を絶賛する武者小路実篤の文章が、本を開いて飾られていました。
「まごころ」像は、日本橋三越にある巨大な像です。
日本橋三越初心者の私が良さを語ってみようと思います | Andastar

武者小路実篤さんの文章の全文は家に帰って青空文庫で探せばいいやー、と思い良く見ずに通り過ぎたのですが見つけられませんでした。
それもそのはず、武者小路実篤さんは1976年に亡くなられているので、まだまだ著作権は切れないのでした。

…と書いて、1976年からの没後50年は実はそんなに先ではないのだと愕然としました。
私は、実は長く生きているのだなあ。と驚きます。
戦争が終わってから私が生まれるまでの時間を、すでに2回も折り返していることにも気づきました。
ものさしを変えると、また気づくこともあるものですね。

話を戻して、企画展示室の2階では器が展示されていました。
食がテーマですもの♪。
魯山人の器も、多く飾られていました。
食を意識して作成したという器を見ながら、もっと魯山人について知りたいものだと思いました。
次は、日動美術館別館の北大路魯山人旧居「春風萬里荘」(鎌倉から移築)にも行かねばです。

3階から通路を渡ってフランス館、パレット館に向かうとカフェがありました。
時間があれば優雅にひと息つきたいところです。
通路にもオブジェがあり、借景とのコラボを楽しむことができます。

途中に、野外彫刻庭園がありました。
ちょっとシュールです。

フランス館には、有名な画家さんの絵がいっぱいありました。
特に一階の「長谷川仁・林子記念室」は、創設者を顕彰する意味を込めた展示室です。
私はここが好きでしたので、また次回もこの部屋をゆっくり見たいと思いました。

平日だったせいか、フランス館の各部屋は私一人だけで見ました。
なんという贅沢かと、ちょっと感動しました。

パレット館は、異色です。
ユトリロをはじめとした画家さんのパレットを、ひと部屋に多数展示しているのです。

日動画廊さんと画家さんとの繫がりが深いからこそ、これができるのだと思います。
この部屋は、独特の匂いがします。当然、油絵具の匂いなのでしょう。
実は、この広大な笠間日動美術館のはじまりは、このパレット館なのだということも後から知りました。

私が好きな絵がある、海老原喜之助さんのパレットもありました。

熊谷守一さんも、気になります(ガラスケース入り)。

 

 

 

パレット館を最後に、バスの時間を確認して駆け足で戻りました。
美術館には長くいた気がしましたが、滞在時間は早足で1時間15分といったところでした。
カフェや自然を楽しみながら半日〜1日ゆっくりいたかった場所です。

笠間日動美術館は、1972年に日動画廊創業者の長谷川仁さんが故郷の笠間に、私財を投じて作った美術館です。
海外との文化の架け橋として、国内全国での名品の展示のハブとして、若い才能の後押しをする場として、地域文化へ寄与し、美術界の発展を願って代をつないで事業をされているのだと心が熱くなります。

「買えない私」が銀座の日動画廊の扉を開けることの是非はこれから考えるとして、次に銀座熊本館に立ち寄るときには、日動画廊さんを(外から)しみじみと眺めたいと思っております。

あらためて振り返ってみて、近くでもいいのでまたすぐに美術館に行ってみたくなりました〜\(^o^)/。