【ゴミ出し前日準備】いよいよ親の家を片づける(その10)

この秋から、引越を前提に実家を片づけています。
やっと、業者さんに依頼してタンスなどの大物を出すことができました。
今回は、結局泊まり込みになった前日の準備についてのあれこれを書きたいと思います。

 

■100均の大きな袋が便利
5枚ほど用意して、使い切りました。もっとあってもよかったと思いました。
大きさは、後日測って書こうと思いますがかなり大きいものです。
マチがあること、チャックで閉められるので横にもできることがありがたいです。

■倉庫の中を仕分けする
「ゴミの日に出す燃えるゴミ」、「不燃物の日に出す燃えないゴミ」、「明日トラックで処分してもらう」の三択です。
工具は、自力で処分できない長さのものは処分依頼に回します。
ノコギリなど、これから使うかもしれませんので残します。
大きなポリバケツや漬物用ポリバケツは処分依頼へ。
使っていない盆栽の小さな鉢は燃えないゴミへ

父の作った棚は処分依頼へ。

ノコギリで切れば自力処分もできるはずですが、せっかくまとめて廃棄できるチャンスなので、お願いしてしまいました。

あれっ?しまった、これ、捨てない予定だったかも。

■明日のために廊下や階段の通路をあける
意外と難しかったです。
階段を片づけたと思ったら、また別のものを置いてしまいました。
最後はまとめて100均一の袋に入れて一時退避をしました。

■茶箱の着物を出す
たとう紙の、今はない店の名前が懐かしく、今は新鮮です。

母と着物をひとつひとつ確認するのは、楽しい作業でした。
一度も着なかった浴衣の色の記憶はグレー寄りでしたが、久々に見ると今好きな色柄でした。

これは何のときに着たのかと不明な着物もあり、写真を見ればわかるわねとの話になりましたが当然それは後回しです。
腰巻きや綿の紐は全てゴミ袋に入れました。

紐や小物が多いことを実感し、着るのは大変でも、紐で身体に合わせることができることがすごいことだと再認識しました。
和服は、技術でエコを実現しているのだと思いました。

当初、着物についてはダンボールに詰めてどこかに送って、ただでいいから引き取ってもらえばと高を括っていました。
しかし、着物の仕訳は高難度でした。
人生の区切りの大事な思い出と直結しています。そして美しくて、何より高価です。
リメイクも頭にちらつくので、処分に踏み切れません。
実際には、華やかな着物を日常に使えるものにするのは難しいはずで、着物なら良くても洋服には派手になります。見て楽しい着物は使いにくいはずです。そして帯は家庭用ミシンでは縫えないし、リメイクといっても簡単なことではありません。

成人式の着物は、10代のときに声をかけられた大手着物販売店でローンを組んで購入しました。
ショッピングモールの閉店が過ぎても帰れず数人がかりで説得されて、泣きながら契約した記憶があります。
そのあと浴衣を買っているところを見ると再度自分から来店したようで、我ながら目出度いなあと思います。

このとき、年上の方に着物を契約したと話したところ、着物は一人で買ってはだめと言われました。
今になれば、その意味がわかります。
着物は、引き継いでいける長く残る財産だったのですね。
自分に似合う色がわかっていれば買わなかったはずの、淡いピンク色の着物がちょっとうらめしいです。

結局、これも100均の袋に入れて、小物も含めたので茶箱以上の高さになりました。

茶箱は処分依頼ですが、本当は有能な保管箱として私の手元に残したかったです。
樟脳臭がなければもっと悩んだはずで、臭いに感謝すべきかもしれません。

■タンスの中のものを出す
仕訳済なのでそれほどではないと思いましたが、やはり100均の袋一つに膨れ上がりました。

薄々感じてはいましたが、
私達の仕訳は
まだまだ甘いのです。

■タンスの上のものを捨てる
未仕分けでしたが、たいしたことはないだろうとなめていました。
すると、母も覚えていない素敵な箱がありました。

なんと中身は、私の産着でした。

シミがあるので、帽子と布で使えるものだけを残してゴミ袋へ入れました。
しかしこれは翌日ゴミ箱から復活してしまうのです。
かなり意識が甘いです。

ほとんど使っていない仏具は燃えないゴミの袋へ。

いろいろなものが出てきますねえ。

■捨てるものと捨てないものを確認する
布団は処分の金額が高いので、自力で捨てられるものは捨てたほうがいいと言われています。
残したものの、これから自分で捨てる量を思うと憂鬱です。

 

ところで、母のベッドの枕元には、谷内六郎さんの大正製薬リポビタンDの販促の、古いうちわがありました。

母が「これしかないので使う」というのでそのまま残すことにしました。
調べると、ヤフオクやメルカリでは結構な値をつけて出品されています。
あら、お目が高かったわねと、後からこっそり母を尊敬しました。

 

宵っぱりのはずの母ですが、ベッドに入ったらあっという間に寝息が聞こえてきました。
気疲れしているのだろうと思いながら、私も翌日に向けて寝ました。
続きは次回、また書きたいと思います。
おやすみなさいです。