【書類・小物・思い出品】いよいよ親の家を片づける(その6)

実家の片づけについて、頻繁に書いております。
今回は、自分の雑貨その他を場当たり的に片付けたときのことを思いつくままに書きたいと思います。
こんまり先生(人生がときめく片づけの魔法の近藤麻理恵さん)の本のご指導によれば、本来の片づけの順番は「衣類」「本類」「書類」「小物類」「思い出品」です。
残念ながら今回特定の場所を空ける必要があり、書類と思い出品と小物類をランダムに触ることとなりました。

 

■でてきた写真はまとめておく
もう写真も必要ないと思っていたのに、いざあちこちからでてくる昔の写真にワクワクしました。
これを見始めたら、危ない!
時間がどんどん経ってしまいます。
写真は裏を上に向けて、まとめて箱に入れることにしました。

■小さなものでも捨てる(高校の校章)
片づけを始める前に「私はこの大事にとってあった小さな校章をどうするのだろう」と思っていました。
結局これも躊躇なく捨てました(写真は撮りました)。
クラス章が2つしかなくて、そういえば1年と3年は同じD組だったから買わなかったんだなあと、懐かしく思い出しました。

■書類は全捨て
こんまり先生のおっしゃる「書類は全捨て」は、時間が経っていることもあり躊躇なくできそうです。

■未使用のノートも全捨て
本の処分のときに「管理が悪い紙は駄目」と痛感しましたので、「メモ用紙に使えるかも」などとは考えないことにして捨てました。

■意外に捨てられなかった陶器
父の勤続記念でもらった、箱入り急須付きの湯呑みがでてきました。
これが思いがけず色が自分好みで、判断できませんでした。
ネットで調べると、そこの窯のお品は新品で1万円を超えていますが中古品(新古品?)なら1000円でも売れない様子です(モノが違う可能性はあります)。
中の説明書には「ARITA HASAMI」と書いてあります。

波佐見焼かー。捨てたくないー。
しかし、今は客用蓋付きの湯呑みは自分で使うかも謎です。
昔は、慶弔のお式を自宅で行うことが多く、人が寄るので、次々にいただいく湯呑みはきっと活躍したのでしょう。
さあ、どうしようか。
もう一度考えることにします。

■時間を取り過ぎなければ過去を振り返るのは楽しい
時間をかけないためには、やはり写真が役に立ちます。
また、写真を撮ることでモノに執着せず捨てることができたり、目のあるものたちにも罪悪感なしにサヨナラできます。
何でも懐かしい私は。くだらないものをいっぱい写真に撮りました。

丸善の包装紙を後生大事にとっていたようです。地元にはなかったので、憧れの場所だったんですよねえ。

こちらはそごうの昔の包装紙です。懐かしく、つい写真にとってしまいました。

昔は「貸しレコード」というサービスがありました。LPの大きな袋を持って歩くのが嬉しかったのです。

アルバイトの時給が500円だった時期があったのですねー(@_@)。うっすら覚えていて夢だったのかしらと思っていた郵便局で380円だった記憶は間違っていないのかもしれません。

■恥ずかしい気持ちを利用する
私はこれまで捨てるということをしなかったので、大昔に自分が何かを書きつけた紙が多く残っています。
若気の至りを思い知らされる恥ずかしいものが出るたびに顔をそむけました。
当時流行った系統の筆跡を見るだけで辛いものです。
そむけたついでに、見ないでシュレッダーにかけると仕事が早いです。
いただいた古い年賀状もかなりあるので、これも裏返してシュレッダーにかける予定です。

 

ところで、シュレッダーが熱くなると時間のロスが出ます。
急ぎならもう一台同じのを買ってもいいかもなどと思いました。
多分、大昔と今ではシュレッダーを必要とするラインが大きく変わっているのですよねー。

 

さて、今回気づいて判断基準としたのは、
「ここで残したものを次に仕分けするのは私ではない」
ということでした。

年齢的に、次の片付けはおそらく、血のつながらない身内、もしくは他人が片づけることになります。
これが最後の機会と考えると、思い出小物も意外に思い切って捨てられるものです。

それにしてもいらないモノ、無駄なモノが多いことに辟易しました。
「ありがとう」「ごめんなさい」と声をかけながら捨てました。

そして一方で、先送りにしていたことが片付いていく喜びを感じつつ、この機会があったことに感謝して手を動かしていた片づけデーでした(^▽^)/。