荻上チキ著 「検証 東日本大震災の流言・デマ」を読んでいます。

こんにちわ。
しばらく前のことです。
トイレットペーパー不足のデマ騒ぎの元ツイートが判明したというニュースを知り、私はネットで発信することの怖さを再認識しました。
こうして世界に向けて書くことで得るメリットとリスクは、トレードオフ。
書いて夜が明けたら自分が糾弾される日がくる可能性があるというのは、怖いことです。

すぐに電子書籍で「デマ」で検索して、一冊の本を読んでみました。
今日はその本
荻上チキ著 「検証 東日本大震災の流言・デマ」
のご紹介です。

 

 

さていきなりですが、まずはこの本の最後の章の最後の数行を引用させていただきます。

流言やデマは、人間同士がコミュニケーションを行う以上、必ず発生するものです。その拡散を最小化し、影響を最小化し、不幸な事例を生まないようにすること。そのために有効なヒント、あるいは流言への抵抗力となるワクチンの役割を、本書は果たせたでしょうか。その判断は、読者の皆様に委ねさせていただきますが、少しでもこの社会の「流言耐性」を底上げする役に立てることを願っています。

あっ、これがこの本に荻上チキさんが込めた思いなのだ、
と、この文に気づいたときに思いました。

荻上チキさんは1981年生まれの批評家・編集者だと、巻末でご紹介がありました。
私はこの本を読んだあとにラジオのインタビュー音源を聴く機会があり、冷静な語り口や質問項目の選択に好感を持ちました。「そこ、訊いてくださってありがとう!」
みたいな(*≧∇≦)ノ。

そしてこの本は、株式会社光文社から、なんと2011年5月20日に初版1刷が発行されています。
電子書籍版も、この時期に同年6月24日と1ヶ月のうちには出ているのです。
東日本大震災から2~3ヶ月での緊急出版に、私はあの静かな口調の荻上さんの心中の熱さを感じます。

また、
「序章ーなぜ、今、流言研究か」
からも、以下に引用をさせていただきます。

本書には、東日本大震災の際に、ウェブ上で流れた流言やデマがまとめられています。本書に収められたような事例集を「予防接種」することは、これから流言やデマに流されにくい「身体」を築くために役立ちます。また、本書では予防的観点だけでなく、今まさに広がっている流言やデマに対してどう対処すればいいのかという「処方箋」の作り方や、そもそも流言やデマが広がりにくい環境づくりとは何かについても考察しています。

この文章からも、この本の主旨を見ることができます。

 

具体的に、私が気になったところをご紹介します。

荻上さんは参考文献の廣井脩著「うわさと誤報の社会心理」から、

災害時には情報の需要が増加するのに、情報の供給が減少してしまうので、その需要とギャップを埋めるために、憶測を含む流言が人びとの間に広がる

とその指摘をご紹介されています。

すると、確かな情報を誰がどのようにして埋めるのか。
荻上さんは、「行政、メディア、専門家、非営利団体、関連企業の役割」を特に重要と説明されています。

私は、首長が自ら、直接、ツイッター等で情報を発信しているケースを思い出し、
「皆さんスピーディーに発信する裏にはこういう気持ちもあるのだろうか」
と新たな発見をした気になりました。

熊本地震では、「動物園からライオンが放たれた」というデマを熊本市の大西市長がツイッターで速やかに否定し、正確な情報収集について市のホームページへ誘導したという事例がありました。
たまたま大災害が数十年なかった平和な国の顔から、古来の災害列島の顔が戻ってきた最近の日本。
従来のリーダーシップに加えて、いまの最善策を実行できるリーダーが求められるのかなとも感じました。

 

 

ところで、荻上さんは、
・デマを大人数に拡散する「うわさ屋」
・逆に中和して拡散を押さえる「検証屋」
についても書いておられます。
より多くの人に情報を広めることを好み、一挙に複数人に情報を伝え歩く人が「うわさ屋」。
…ギクッ。嬉々としてブログをやってる私じゃん!
そして、情報を確認して正しい情報で正していく「検証屋」。

この中でも私がマーカーをしていたのは

注意すべきは、常に検証屋であり続ける人はいない、ということです。

というくだりでした。

検証屋というのは特定の分野に関しては能力を発揮できたとしても、それ以外に関しては素人です。

そう続きます。

恐らくだれも自分がうわさ屋とは思っておらず、多くは善意の人がデマ流言を広げているのだと思います。
それは私も同じ、いや善意のつもりで突っ走りやすい性質です。
そして「検証屋」でさえも常に正しくはいられない。

「検証屋」が「うわさ屋」に

はー(タメイキ)。
できるだけニュートラルに、一歩引いて物事を見るようにしたいものだと思いました。

駆け足で読んだ本なので、次は落ち着いて読み直して、自省したいと思います。

 

 

ちょうど昨日、私は
「デマだな」
と思う情報を耳にしました。
夜、私は身内にその話をして
「こうやってデマって伝わるんだよね」
と笑いながら話を締めました。

今朝それを思い出し、
「マズイ!」
と気づきました。

身内には、人に話をしないよう依頼しました。
デマは形を変えるので、私のこの発言がまた形を変えてねずみ算式にデマを産むかもしれない。
それを思い、ぞっとしました。

気を抜けば、いつでも自分がデマ源になりうることを自覚し、たまに思い出せるようにしたいと思いました。
平常時ではないときは特に気をつけよう。
自分の迂闊な戯言が拡散され、他の重要な情報を潰したり必要な支援の邪魔になってしまわないよう、気をつけよう。

あらためて自分に言い聞かせた、この本の読後でした。
荻上さん、ありがとうございます。