愛知用水について少しだけ知ることができました

昨日電車の中で、読んでいない本を開いてみたら愛知用水のことが書いてありました。

プロジェクトX 挑戦者たち 技術者魂よ、永遠なれ 命の水 暴れ川を制圧せよ – 日本最大 愛知用水・13年のドラマ

今回は、その乾いた土地に木曽川から水を引いた「愛知用水」の話に心を動かされたので、ここでご紹介します~(^▽^)/。

 

愛知県の知多半島は、昔から慢性的な水不足で周期的に干ばつが起こる、乾いた半島だったそうです。
今は、遠く木曽川から120キロにも渡り引かれている「愛知用水」のおかげでみずみずしい植物が育っています。

知多半島では大きな河川もなく、昔は農業用水に頼りにしていたのは多く存在する溜池や井戸でした。
満洲で用水路計画の経験がある農業高校教諭の濱島辰雄さんと、父親から「自分を捨て、人のために尽くせ」と教えられて育った篤農家の久野庄太郎さんが出会って主導して、当時は夢のような話だった「愛知用水」を実現、1961年に完成しました。

しかし工事中には多くの方が殉職され、久野さんは伏して泣きました。
ダムの土で観音様をつくってもらい、朝晩祈ったそうです。
久野さんの呼びかけで建った「愛知用水神社」には、工事で亡くなった50人以上の方々が祀られています。

愛知用水はどこまで行っているのかと思ったら、半島南端の先の島にもパイプで水が通っているのです。
水をありがたくいただく下流の人々に対して、水を分ける立場の上流の人々がいます。
生まれ育った村を、自分とは関係ない人々へ水を分けるためにダムにされることに了承してそこを出るという苦悩もありました。
この方々の「水を汚さない」という矜持があって、知多半島の方が綺麗な水を享受できるのです。

 

ところで、前回、肥沃な濃尾平野の「輪中」について書いた時に参考にしたサイトがお酢のミツカンさんのサイトでした。
なんと今回も、またミツカンさんのサイトに行き当りました。すごいなー、と思ったら、ミツカンさんはまさに愛知県知多半島の半田市に本社があるのでした。
水の文化を残していくその姿勢を、素晴らしいと思いました。

ミツカン 水の文化センター・ミツカングループウェブサイト

 

 

今回のきっかけになった本は、濃尾平野の輪中のことを知りたくて買ったのだと思います。
しかし全く逆の状況の話でした。
3本の川が流れ込む平野で水害に苦しんだ土地と、そこから近いのに乾いた土地の違いです。
あらためて水の大切さを実感することができました。

愛知用水については、ミツカンさんのサイトに詳しく書いてあります。
もし興味があったら、ぜひご覧くださいませ~
36号 愛知用水50年:機関誌『水の文化』│ミツカン 水の文化センター