ITで調べればすむ現代社会の現在で、「覚えて」おくこと、「暗記」しておくことの意義とは何か

私は地道な暗記は好きではありません。
どこかに早道がないか、すべての状況に使える魔法の方程式を探して、何ごとも努力をしないできました。
高校生のとき好きだった科目が無機化学でした。
思えば理由は、当時の問題のほとんどが考え方さえわかっていればシンプルな公式で解ける計算問題だったからだと思い出しました。
(モル、懐かしいです~(^▽^)/)
今回は、そんな私が苦手な「覚えて」おくこと、「暗記」しておくことの意義について考えてみました。

 

暗記することの意義を私が3つあげるとすれば以下のとおりです。

1.暗記をするために流れをつかもうとすることに意義がある
例えば歴史の勉強なら、流れがつかめていることで前後の出来事を相互に連携させると覚えやすそうです。
見ただけで教科書ごとすべて頭に入っていまうような頭脳の方は別として、このプロセスを経ることは有意義な経験だと思います。

2.時間、収納スペース、お金が節約できる
自分の頭に入ってしまえば、本もノートも必要ありません。
本は図書館で読んで頭に入ってしまえば、必要なときのために本を手元におくための購入金額はかかりません。お金の節約になります。
また、手元に資料や感動した本を置いておくスペースを使わず、部屋の場所を広く使えます。
正確に記憶ができているなら、時間の短縮になります。
例えばこのブログを書くにしても、インプットが正確でないと、ひとつひとつ資料を確認するために時間がかかります。
頭に入っていれば、余分な時間はかからないのです。

パソコンに例えると、頭で暗記しているのですぐ取り出せるのがメモリです。
毎回本を探して開いて調べるのがハードディスクのデータを読み出すことになります。
メモリはハードディスクよりも処理速度が早いのです。

3.暗記して自分のものにすることで即答できる
何かを見ながら説明するのと違って、頭の中に入っていることを説明すると説得力があります。対面なら、相手の目を見て話せます。
また、まずは即答できれば、相手の方からの信頼性が上がります。

以上の3点を書いてみて、自分がいま抱えている問題の一部は、実は暗記をすることで解決できると気づきました。

 

ところで、私が「ウナギつながり」で知って何度かこのブログにも書いた虚空蔵菩薩は、虚空のように広大な知恵と慈悲を持った菩薩様だそうです。
密教では、虚空蔵菩薩を御本尊として記憶力増進のために行う「求聞持法」という修行があります。ハードな修行のようですが、今の日本でも行う方はいらっしゃるようです。

昔は今のような高度な印刷技術はなく、海外の本を簡単に買えるamazonも、そもそもインターネットもありません。
いつでも本を入手できる現在以上に、記憶力が必要であったのだろうと思いました。

 

海外の時代劇ドラマで見た光景で、子供が学校で軽々とテキストを諳んじて天才と驚かれるシーンがありました。
人の道を諭した本の内容を子供のときから意味とともに暗記していたら、それは身体がある限り中を巡る血肉になり、立派な人になるだろうと感じます。
うらやましいです〜。

私は長いこと「どうせ覚えられない」と暗記や勉強を諦めてきました。
これからはそんな呪縛から自分の頭を解放してあげて、頭のメモリを信用して使いたいです。
実際には壊れゆく脳細胞を引き留めるべくしがみつくような作業であると思います。
それでも、少しでも前向きに、このあとの時間を有効に使えたらと思います\(^o^)/。